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梅雨明けと共にプールへ行くことが増えた。私は生い立ちから、きわめて素直に育っている。体もしっかり地球の引力に従い胸周囲の筋肉が腹廻りの肉に変わっている。水着に着替え鏡に写った自分の裸体を見てショック。

一念発起、7月初めより隔日で筋肉トーレーニングに通っている。引力が勝つか、トレーニングが勝つか、勝負だ。引力に負けても、暇つぶしには良いのかも。

11階建ての全フロアーが内湖区民の為のスポーツクラブです。(プール・ゴルフ・テニス・サウナ・・・・・・・)
内湖運動S-3
内湖区民ということで1回80元(¥240)で利用させてもらっています。
内湖運動S-2
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日治時代の「台湾総督官邸」という厳めしい名前から、現在は「台北賓館」(迎賓館)となった。可憐と表現するのが一番適している様に思う、美しい女性的な雰囲気を漂わせている建物だ(私見)。
IMGP4188.jpg
【建物】1901年(明治34年)竣工。国定古跡。  台湾総督府の竣工は1919年(大正8年)。
【設計】福田東吾 野村一郎
【場所】MRT台大医院駅

周囲を2m程の趣味の良い塀で囲まれており遠目でしか見れない。明治時代にフィードバックするなら{付添い人に囲まれ、活発で楚々とした良家の女性}を眺める雰囲気だ。国賓級の知り合いも無い年金生活者には、建物内部を見学するチャンスはまず訪れないだろう。一般公開に期待するしかない。
IMGP4194.jpg

この建物が1895年(明治28年)の「北白川宮能久親王」が台湾征討近衛師団長として台北に入城した、わずか6年後の1901年(明治34年)の竣工と知ってビックリだ。これは100年以上前の事で、ちょん髷を切ってから34年後の話だ。明治人の気概やセンスには改めて感心する次第だ。
IMGP4183.jpg

私達、平成に生きている日本人には、この人達のDNAが流れている。頑張れNIPPON。

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若者達が闊歩する町「西門町」はかっての台北城の西門の外側にあたる場所にある。この地の中心部に一際歴史を感じさせる赤レンガの建物「八角楼」が有る。
赤レンガの建物「八角楼」は1908年(明治41年)に台北西門市場として建築され、1階は日用品、2階は書画骨董を販売する公設市場として賑っていた。建物は文字通り手前に八面体の建物と後部の十字型の建物で成り立っており、八面体は「八方から客が集まる]為にという意味が有るらしいが、こじつけだろう。

「紅楼劇場」(旧正式名称は新起街市場)
紅楼劇場-2
【建物】1908年(明治41年)竣工。3級古跡。
【設計】近藤十郎
【場所】MRT西門駅。萬華区成都路10号。

「八角楼」はこの町の栄華衰勢をじっと眺めてきた西門のランドマークだ。
日本統治時代初期(1890年代)、荒地だった門外に日本人街ができた。これが西門町の始まりで開拓当時は「台北座」「栄座」などの芝居小屋がある浅草のような賑わいの繁華街だったようだ。1930年代にはいると映画館街として栄えた。

戦後は大陸から渡ってきた人々で賑わい、大陸を懐かしみ戦前の上海歌謡などのショーを見に通ったようだ。現在でも当時の名残か、四川料理が軒を並べている一角が有る。
1980年代には、他地域の発展により、活気を失っていった西門町だが、1990年代頃からは若者向けの繁華街として、活気を取り戻している。

歴史とは不思議なもので、日本時代は芝居小屋、戦後は演芸館、現在は映画館の様に、この街のDNAには芸能が組み込まれているのだろう。

西門町で日台の民間信仰の神仏が祀られている廟を見つけました。(5/17ブログ「若者の町、西門で珍しい物発見」記載)
ビルの谷間の「台北天后宮」に祀られている弘法大師
P5170019.jpg P5170011.jpg

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台湾は民族・言語的に主に4つのエスニックグループに分かれる。人口の約70%を占める内省人、15%の客家人、13%の外省人、2%のマレー・ポリネシヤ系の原住民。この数だけ言語が有るという事だ。公共施設では北京語・台湾語・客家語がアナウンスされている。

公用語は北京語だが、70%を占める内省人が使う台湾語も広く使われている。そして学校では第2言語学習という事で台湾語・客家語も大事に教えている。

こちらの人は皆さま元気だ。乗り物・買物・食事中などでの会話は張りのある元気な声で喋っている。ただ声が大きいだけかも知れないが(笑)、慣れるまでは大変だ。
最近では北京語、台湾語の単語やフレーズの違いが聞き取れる様になったので人々の車中などでの会話を聞いていると、実に巧みに2言語をあやつっている。

仮に、北京語単語を○、台湾語単語を×とすると、*家庭語が「北京語のAさん」と「家庭語が台湾語のBさん」の会話は、こんな感じでしょうか。

パターン1(どちらも喋り馴れている自分の家庭語で話す)
     A 「○○○○○○○」
     B 「×××××××」
     A 「○○○○○○○○」
     B 「××××××××」
パターン2(自分にとって便利な単語を使って話す)
     A 「○○××○○××」
     B 「××○○××○○」
     A 「○○○○××○○」
     B 「××××○○××」 

これで十分意思の疎通が図れている(他民族国家では良くある風景の様ですが)。単一言語の日本人には、不思議な実に羨ましいバイリンガルぶりだ。
*家庭語は家庭・家族間で主に喋られている言語と言う意味で、私が勝手に作った言葉。こんな言葉はありません。

夏らしい「焼鶏涼拌」というサッパリ味の中華料理です。焼鶏とキュリを酢がベースのタレで味付けした料理。
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私が今朝セブンイレブンで買った「ざるそば」です。39元(¥120)
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赤レンガ、ルネッサンス様式の「現・台湾大学医学院附設医院」です。80余年の歴史は閉じられる事無く、現在も受付や診療部門の一部として使用されています。

日本時代の建造物-1で取り上げた「旧・台湾総督府」の竣工は1919年(大正8年)。この「旧・台北帝国大学医学部付属医院」は1916年(大正5年)竣工だ。資料には当時、東アジア最大の施設であったと書かれている。

同時期に建てられた、大阪中ノ島公会堂が1918年竣工(大正7年)・東京駅が1914年竣工(大正3年)とされています。この時期の台湾の建造物を見るたびに考えさせられる事がある。
IMGP3990.jpg   IMGP3994.jpg
【建物】1916年(大正5年)竣工。市定古跡。
【設計】近藤十郎
【場所】MRT台大医院駅前。中正区中山南路3号。

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