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台北放送局民雄放送所(現・国家放送文物館)
【建物】1940年(昭和15年)9/28日放送開始。
【設計】鈴置良一
【場所】嘉義県民雄郷寮頂村民權路74号。
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1937年(昭和12年)、日本は南部進行政策の軍事及び心理操作の為、嘉南平原の広大な水田に電波台、変電所、宿舎などを建設し1940年に民雄放送所を開設した。
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206メートルに及ぶT型アンテナの鉄塔を2台設置した(写真左奥の赤白の鉄塔)。
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NEC電気製造会社が生産したMB-15A型電波発射機。
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第2次大戦中、米軍の戦闘機の機銃を受けた生々しい弾痕痕。
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戦後は中華民国政府の「台湾放送局民雄播送機室」となったが日本統治時代と同じく大陸同胞への呼びかけなど軍事色の強い放送をした。現在この機能は圓山大飯店麓の施設に移動している。
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冷却装置。
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作業机。
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職員の説明では、地震などにも対応したひび割れ一つない非常に頑丈な造りの建物で今日まで1度も補修をした事が無いのが自慢の一つだと言っていました。全て建設当時そのままです。
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頑丈なだけではなく装飾も考えた寄木貼りの贅沢な床です。
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ビックリな事にこの時代にOA床(床下配線)を採用し、床面、壁面に配線が無い事でした。
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職員の写真。
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8人目の昭和のおじさんは路上理髪店のご主人でした。場所は有名な「林家庭園」の横の路地でした。
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今年の旧正月は2/3でした。正月から数えて15日目の17日が元宵節という事になっております。日本でいうところの小正月です。私の育った関西地方では[とんど]という風習があり、薪・藁・竹で巨大な焚火を作り正月の飾り物などを焼いておりました。

こちら台湾というよりは、私が現在住まいをしている地区では、地域の土地の神様を祭る大きな行事が有ります。この神様は年に一度、祠から出て街を練り歩きます。最大の見せ場は、この神様の神輿に爆竹を載せ商売繁盛を願い火をつけます。

戦争と間違うばかりの凄まじい爆竹の轟音が街を埋め尽くします。と同時に花火が各所で打ち上げられ、それはそれは賑やかなパレードが夕方の6時頃から11時まで続けられます。

嵐の前の静けさ
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パレード開始
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神様の載る神輿で爆竹を鳴らします
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【新竹州庁舎】現・新竹市政府庁舎
【建物】1915年(大正4年)竣工。国定古跡。
【設計】
【場所】新竹市北区中正路120号
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【新竹市役所】現・新竹市美術開拓館
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【新竹専売局】現・台湾菸酒公司新竹営業所
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【新竹図書館】現・新光人壽保険会社
【建物】1925年(大正14年)竣工。市定古跡。
【設計】
【場所】新竹市文化街8号
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【新竹信用組合】
【建物】市定古跡。
【設計】
【場所】新竹市大道路130号
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清の時代から栄えた古い町ですが、今はIT関連の工場や企業が集中しているため、「台湾のシリコンバレー」と呼ばれており日本の進出企業も多い。冬季の季節風がきわめて強いため「風城」の異名もあり、貢丸湯とビーフンが特に有名です。

1893年(明治26年)開業、1913年(大正2年)竣工。質実剛健な雰囲気のするドイツバッロク様式の建物です。ここから1時間ばかりの台中駅舎とは少し趣が違います。
【建物】1913年(大正2年)竣工。国定古跡。
【設計】
【場所】新竹市中華路2段445号
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夕闇にたたずむ新竹駅
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1917年(大正6年)竣工の台中駅
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2011.02.11 恒春半島-2
台湾最高のリゾート地の風景写真。

夏真っ盛りの南湾。
南湾

尖山方向。
猫鼻頭方向

流砂海岸。
風吹砂

台湾最南の地、鵝鑾鼻燈台。
鵝鑾鼻燈台

北へ向かうルート26.
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2011.02.10 恒春半島
2/10、台北の冬空から常夏の恒春半島へ小旅行。心地良い風に吹かれて最高の気分です。

鵝鑾鼻(ガランピ)方向。
猫鼻頭から南湾
白浜海岸。
墾丁 白浜-2
夕暮れ時の白浜海岸。
墾丁 白浜-1
開山より夕陽を望む。
墾丁 関山

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【海角-7】
日本時代の1940年代、恒春に赴任した日本人教師が教え子の小島友子(日本名)に恋をし、落ち駆け落ちを約束した。しかし終戦を迎えた日本人は全員、帰国をしなければならなくなる。
やむなく引揚げ船の人となった教師は、日本への7日間の航海中、友子への想いを切々と書き綴った。

60年の時が去り日本人教師が亡くなった時、父の遺品を整理していた娘が恋文を見つけた。娘は父の恋文を友子に届ける為に投函する。ところが「高雄州恒春郡海角七番地」は日本時代の住所であり、60年を経た今は知る人もいなかった。
小島友子の家。60年前教師と駆け落ちの約束をした台湾人の娘。
友子の家-2
茂じいの家。日本語世代の老郵便配達員。
茂伯の家-2
阿嘉の家。台北から恒春に帰郷し郵便配達の仕事をし、宛先不明の日本人教師の手紙を発見した。
茂伯の家-2

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南北を市民大道1段と南京東路1段、東西を中山北路1段と新生北路1段に囲まれた地域は、日本時代には大正町と呼ばれ台湾総督府に努める官吏の為に開発された地域です。現在4条通りは長安通りに変わりましたが5条通り~10条通りは地名として残っています。

日本人駐在員の間では、ここで北京語や習慣を覚えた人が結構いるらしい。そして、この地域は殆どの店が日本人向けという事もあり、「林森大学」とジョークでいわれています。林森の字には木が5つ有るので、達人の間では[五木大学]とも言われているらしい。

大阪南の新地に似た日本情緒に溢れるホット一息つけるストーリートが五条通り~十条通りに広がります。

【5条通り】
5条通り-2

5条通り-1

【6条通り】
6条通り-1
裏通りに有る日本風住宅。昔はこんな住宅が広がっていたのだろう。
6条通り-2

【7条通り】
7条通り-1

7条通り-2
現在も居住している昔のままの日本家屋(鰻・肥前屋の前)。
7条通り-3

【8条通り】
8条通り-1
アンティーク風の菊(?)の紋のはいった郵便ポスト。
8条通り-2

【9条通り】
9条通り-1

9条通り-2

【十条通り】林森北路と中条通りの間の100mばかりストリートです。
十条通り

【十条通り】の北側には南京東路を隔てて、最近移築された明石源二郎総督の墓所に建てられていた鳥居のある「林森公園」があります。
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現在の台北駅の北側に台湾総督府勤務の日本人が居住した大正町と呼ばれた地域がある。南北に走る、中山北路、新生北路、東西に走る市民大道と南京東路に囲まれた地域だ。

現在も5条通り~10条通りの地名が残っており日本人御用達の台湾有数のナイトスポットになっている。1条通り~4条通りは戦後の開発で住宅街に変わっている。

【1条通り】市民大道2段
上を高速が走り、全く様変わりをしてしまいました。中条通りの交差地に、わずかに日本を偲ばせる日本式住宅のカラオケ教室が有ります。
1条通り

【2条通り】中山北路1段33巷
住宅街の片隅に、その名も「2条通」という日本趣味のコーヒーショップがひっそりと営業をしています。
2条通り

【3条通り】中山北路1段53巷。林森北路67巷。
日本時代の面影を偲ばせる建物が見当たりません。
3条通り-3
「しちだ」託児所。看板の平仮名、日本名、ひょとすると経営者は日本人?
3条通り-1
小料理屋「駒」さん、3条通りただ1軒のお店屋さんです。
3条通り-2
【4条通り】長安東路1段
林森北路との交差点東南角に有る、この通りを象徴する市定文化財、旧大正町協会。日本人居住区に住む信者の為に造られた教会です。
4条通り-4

金融街だった事を物語る銀行の数々。合作金庫銀行。「台北公会堂」の横に有る建物は古跡認定を受けている。
4条通り-1

「華南銀行」日本時代に創立された、3大商銀の1行。
4条通り-3

「彰化銀行」日本時代に創立された、3大商銀の1行。古跡認定を受けている建物が有る。
4条通り-2

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