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2011.04.27 阿里山鉄道
全線復旧が待たれる阿里山鉄道ですが、またまた先延ばしになりそうな事故が本日(4/27)神木線で起きてしまった。
事故内容は走っていた列車の上に巨木が倒れ、列車転覆を引き起こしたようだ。中国人観光客61名が重軽傷を負い、5~6名が死亡したとのことだ。更に犠牲者が増える可能性がある。







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    全線復旧が待たれる阿里山鉄道ですが、またまた先延ばしになりそうな事故が本日(4/27)神木線で起きてしまった。
    事故内容は走っていた列車の上に巨木が倒れ、列車転覆を引き起こしたようだ。中国人観光客61名が重軽傷を負い、56名が死亡したとのことだ。更に犠牲者が増える可能性がある。
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    2009年7/4正式開通した捷運(地下鉄)文湖線の一駅[内湖]を歩く。内湖区内には台北駅方面から[西湖][港乾][文徳][内湖][大湖公園][葫洲][東湖]の7駅がある。水に関係する駅名が多いのは内湖区全体が湖だったからだ。

    内湖文化史研究家[陳金讃]氏に紹介いただいた土地の生き字引[謝樹地]さんによると、戦時中は台北市内からの疎開や食物を求める人が日参してきた。その交換レートは台北市内の家一軒とガチョウ一匹だったと言って笑われていた。空襲でいつ焼けるかわからない市内の家は値打ちがなかったのだと。

    戦後の住宅需要の最盛期には住宅建築用のレンガを作る工場が30か所余り稼働し、MRT港乾駅の[内湖高工]一帯では赤土を取る為3m程度掘り下げた地中から、流木やイカリの鎖などが発掘されたという。

    その内湖にも昭和30年頃になる人口増による宅地化の波が押し寄せ1200haの田圃が失われ今は新興住宅街になってしまったと、昔の風景を懐かしむような顔をされていた。

    日本時代の建物「内湖庄役場会議室」これに隣接し「米穀局統制倉庫」「派出所」の3棟が残されている。
    1930年竣工の「内湖庄役場会議室」は古跡認定されている。戦後、一時期「中山堂」として使われたようだが現在は「区民活動センター」として利用されている。
    【建物】1930年(昭和5年)。市定古跡。
    【場所】MRT内湖駅徒歩10分。内湖区内湖路2段342号。
    内湖庄役場会議室-1.JPG
    「米穀局統制倉庫」は一部を残し駐車場に変わっている。
    米穀統制倉庫-1.JPG
    [派出所]は道路をへだてた全面の新館に移動している。旧舎は2010.10月初旬取り壊されます。
    内湖派出所-3.JPG
    前述の「謝樹地」さんによると、私達は今でも「会議室」と呼んでいるとの事だった。「内湖庄役場会議室」の並びには[郵局倉庫]や戦後建築されたであろう[区役所戸籍事務所]の建物などがあり、この一帯が内湖の役所街だったことがうかがえる。[区役所戸籍事務所]が利用していた建物と「派出所」は解体される運命だ。
    内湖区戸籍事務所-1.JPG
    「謝樹地」さんは、大正11年生まれの88歳の矍鑠たる人物で、美しい日本語を話され、今でも日本のTV番組を通じて日本と繋がっている、そして内湖庄役場に昭和16年から46年2か月26日間、勤めた、そしてこの間、役場を離れたのは軍事訓練の6か月間だけだと話された。まさに内湖地区の生き字引のような人だ。

    戦前、戦中、戦後のお話の中で終戦時、日本政府の指示により、3日3晩かけて、役場内にある全書類を焼却したという話、そしてNHKの[のど自慢][相撲]を必ず見るとの事には、何か考えさせられるものがあった。又、終戦時には54人いた役場職員が国民党政府によって18人に減らされてしまった、私は18人の中の一人だった、とも言われていた。





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      台湾は南国フルーツが豊富な土地で内でも台南附近には有名な産地が沢山ある。そんな果物を扱って台南で一番古い果物屋さん「莉莉水果店」が「台南愛国婦人会館」の隣に有る。
      水果店.JPG


      【台南愛国婦人会館】
      【建物】大正年間(竣工時期不明)。市定古跡。
      【場所】台南市府前路1段195号
      今回訪問時は工事囲いが取れ奇麗に改修されていた。従前通り台南市立図書館として使用されているのだろうか。
      IMGP7303.JPG

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      台中公園「湖心亭」
      基隆~高雄(打狗)間408.5kが全通し、半年後の1908年(明治41年)10/24縦貫線全線開通式典が台中公園で開催された。貴賓、来賓、1360余名が招かれ盛大な式典が催された。「湖心亭」は式典参列の要人の休息所として設けられたものです。和式とも洋式とも中華風とも、思えぬなんとも不思議な姿の建物だ。
      【建物】1908年(明治41年)竣工。市定古跡。
      【設計】福田東吾
      【場所】台中市公園路37号-1。
      IMGP6942.JPG

      【台中駅】
      【建物】1917年(大正6年)竣工。二級古跡。
      【設計】
      【場所】台中市建国路1段172号。
      IMGP6924.JPG

      台中駅開業は1905年(明治38年)ですが、写真のメイン駅舎は1917年3/21完成している。旧台北駅舎が無くなった今は、日本時代の駅舎建築を代表するものです。古跡認定を受けている駅舎建築は他に「新竹駅舎」「嘉義駅舎」「勝興駅舎」「泰安駅舎」が有る。

      【台中後駅】
      旧・台湾糖業鉄道の台中駅。昭和を思い出す、いい雰囲気の駅舎だ。
      IMGP7058.JPG
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