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この時期の日本は夏祭りで盛り上がりますね。ここ台湾でも原住民のお祭りが各地で開催されております。今年もローカル線、平渓線「瑞芳」にある阿美家園という集落の阿美族豊年祭りに参加してきました。

デジブック『 阿美族豊年祭り 』ご覧ください。
http://www.digibook.net/d/7f54ef17b09804ade1eb4990b305903e/?m

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台北郊外の林口に有る「長康養生文化村」を訪れました。友人の母が入居されているので、そのご挨拶と館内の見学を兼ねて士林の自宅を友人の車で出発いたしました。

出発後、30~40分で目的地に到着、もう少しかかるかなと思っていたのですが、案外早かった。数年後には現在建設中のMRT桃園線が開通されるので更に便利な施設になるでしょう。
現時点でもMRT台北駅や行天宮駅など数か所から30分に一本バスが運行されており不便な施設という事はないでしょう。しかもシニヤのバス料金はNTD18です。

まるでゴルフ場の入口を思わす「長康養生文化村」の進入路。
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現在、開所されているA棟と24時間完全介護棟です。400名の方々がここで生活されております。
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開所を待つC棟、D棟。
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ゴルフ練習用施設
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バスケットボール施設
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テニスコート
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これ以外に屋外活動用施設としては「サッカー場」「家庭菜園」「花園」「トレッキングコース」等々が有る。

パソコン室。
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ピアノ教室。
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ビリヤード室。
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マージャン室。数か所ある(お国柄ですね)中の一か所。
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スポーツジム(マッサージ機も有ります)。
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卓球室。
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入居者の誕生日パーティー等が行なわれる大ホール。
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医務室。
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これ以外には「カラオケ・ルーム」「図書室」「日本語教室」「英語教室」「絵画教室」「書道教室」等々のカルチャー教室が数室有りました。

各室郵便受け。
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セブンイレブン。入居者は10%引き。
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巨大な食堂。OPEN前で点灯されていないので少し薄暗いです。
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友人の母親が入居されている室の玄関内。
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室内。
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窓の外。
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PS。
MRT桃園空港線が開通すれば国外から台湾を訪れる人にとって、保養施設というよりは非常に便利な宿泊施設になるような気がいたします。




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    今日7/25はいろいろ思い出の詰まった日、大阪「天神祭」の日だ。淀屋橋、天満橋から祭りの賑わいを見たものだ。

    この写真は日本にいる「連れ」(標準語では友人かな?)から送ってもらったものです。
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      2011.07.24 陳列品
      「228国家紀念館」に展示されていました。国民党政府に対抗して立ち上がった民衆が組織したある武装集団の軍服です。まるで日本軍そのものですが台湾人の為に立ち上がったのでしょう。複雑な心境です。
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        2011.07.22 [228紀念館」32
        1997年2月28日、[228紀念館」として開館され、更に改修が施され2011.2.28.にリニュアル・オープンされた。
        日本時代は台湾広播電台放送亭の建物であった。ちなみに放送亭はラジオ局を意味し台湾総督府の支援の下で台北・板橋・台中・台南・嘉・花蓮等に放送局が設置され、台湾放送協会により運営されていた。
        【建物】1934年(昭和9年)竣工。2級古跡。
        【設計】栗山 俊一
        【場所】MRT台大医院駅徒歩5分。中正区228和平公園内。
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        歴史的意味のある放送がこの建物でされています。一つは1945年8月15日正午の玉音放送であり(日本がポツダム宣言を受諾して降伏し、第二次世界大戦が終結したことが伝えられた)、あと一つは国民党政府統治下の1948年2月28日に発生した二二八事件時に、放送局を占拠した市民が軍艦マーチとともに事件の情報を伝えた台湾全土に放送した。
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        【二・二八事件】の解説は他に譲るとして、「事件当時はまだ日本国籍を有していた」と解説する人が有り、国際的な法的解釈はどうなんだろうか?
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          「228国家紀念館」
          【建物】1931年(昭和6年)竣工。3級古跡。
          【設計】井出薫。
          【場所】MRT中正紀念堂駅徒歩10分。台北市中正区南海路54号。重慶南路と南海路の交差点に位置。
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          建物は変遷をしながら現在の「228国家紀念館」に至っております。
          1931~1945。「台湾教育会館」台湾初の近代的な芸術文化展覧館であった。
          1946~1951。「台湾省参議会」戦後最も重要な民主主義の殿堂となった。
          1959~1978。「米国駐台新聞処」米国の新聞社が借用しメディアの場となる。
          1979~2002。「米国文化センター」台米断交後の新名称
          2011’2月28日。「228国家紀念館」開館。
          この使用者の変遷をみればこの建物が「228国家紀念館」に指定された理由が分かります。「228事件」の解説はWIKIPEDIAをご覧ください。

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            「PICASSO」「ピカソ」「畢卡索」全部ピカソです。

            「国立歴史博物館」でピカソ展が開かれております。
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            スペイン内戦中のゲルニカの惨状を絵にした「ゲルニカ」を楽しみにチケットを買ったのだが、台湾には来ていなかった。生涯におよそ13,500点もの油絵と素描を描いたといわれているので、その内の数十点が来ただけなんだろう。
            NTD220(¥650)で「ゲルニカ」が見れるわけないだろう。ごもっともです。寂しいので写真をもう一枚。
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            「国立歴史博物館」の正面にある、台湾の”末は博士か大臣か”といわれる超エリートが通う「建国高級中学」です。日本時代は「台北州立第一中学校」。2級古跡認定。
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            歴史博物館の斜め前は「228国家紀念館」。日本時代は「教育会館」。3級古跡認定。
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              台湾で鍋と言えば、10年前になるのかな?日本人留学生が余りの辛さに体調を壊し死亡したという事件も有った麻辣鍋だ。辛さに大中小のランクが有って小辣を頼めば日本人でもOKだ。

              街中を歩いていると「麻辣鍋」「刷刷鍋」の看板を良く見かけます。この中から美味しい店を探すのは至難のわざです。そこで簡単に美味しい店の見つける方法は「ハーゲンダッツ」のアイスクリームを置いている店です。「メイジ」とかはダメです(すいません)、「ハーゲンダッツ」です。殆どハズレなし。

              それにしても、こちらの人は良くたべます。殆どの店が食べ放題で、肉・野菜・海鮮など20種類はあろうかという具材、果物、ケーキ、アイスなど。次から次へと胃袋にいれていきます。
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              美味しい店の紹介はブログ「台湾ミッスラン」へどうぞ!

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                士林地区の「芝山公園」に教育の聖地と言われる場所が有る。ちなみに広辞苑を見ると「士」=学問、道徳などを身にそなえた尊敬に値する人物、「林」=樹木が沢山集まって生えているところ、とある。地名由来と関係が有るのか無いのか学校の実に多い地域だ。

                「芝山巌事件」の舞台となった現在の「芝山公園」入口
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                国語塾「芝山巌学堂」は「芝山巖惠濟宮」の後殿を使って開設された。
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                惠濟宮の住職は、国民党によって破壊されていた六氏先生之墓跡から遺骨を密かに移し、小さな石塔を建てて長い間守ってくれました。
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                戦後、倒され放置されていた伊藤博文揮毫の「學務官僚遭難之碑」
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                立て直された状態の良い「故教育者姓名碑」。台湾人教育者の名も刻まれています。
                周辺には破壊され放置されている碑が数個あり、これも歴史を物語るものとして貴重な資料です。
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                「芝山巖神社」の参道跡
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                芝山巌の頂上に建立された殉職「六氏先生之墓」。
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                芝山巖學堂が開設されて百年目の1995年(平成7年)後身の士林国民小学校の卒業生有志によって再建された。

                開校3か月後の(1895年明治28年)10月19日には第一期学生7名が卒業しております。
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                PS.「芝山巌事件」
                1896年(明治29年元旦)台北北郊の芝山巌で日本人教師6人と小使1人が土匪に惨殺された事件。

                1895年(明治28年)日清講和条約で台湾の割譲を受けた日本は6月に総督府を、そのわずか1か月後の7月には芝山巌恵済宮に国語塾「芝山巌学堂」を開校した。
                これには当時、文部省学務部長心得であった伊沢修二の、教育を最優先すべきとの具申を初代台湾総督樺山資紀が受け入れたのだろう。
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                日本統治に反対する叛乱勢力が元旦を期して台北を攻撃するという事は事前に予測されており「芝山巌学堂」の6人の教師達に避難することを人々は勧めた。
                しかし教育に命を懸けていた教師達は意に介さず「芝山巌学堂」を立去らなかった。そして叛乱勢力の襲撃を受けた際には、ひるむことなく教育の重要さを必死に説いたという事だ。このような彼らの教育に対する情熱、精神は多くの人々に感銘を与え、その精神は芝山巌精神と称され教師の目指すものとされた。
                関口長太郎(38歳) 平井数馬(18歳) 楫取道明(39歳) 井原順之助(24歳) 桂金太郎(27歳)中島長吉(27歳)
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                この事件を機に芝山巌は“教育聖地”と讃えられ、1930年(昭和5年)この地に「芝山巌神社」が創建され六氏先生をはじめとして、台湾教育に殉じた人々が祀られた。 当然、台湾人教育者も含まれています。

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                  「台湾、多謝、ありがとう」若者の街、西門でこんな看板を見つけました。東日本大震災に対して台湾からの義捐金にたいする御礼です。受けた厚意は忘れない、御礼をするという事は日本人の美徳です。まだまだ捨てたもんではないな日本人。

                  多謝(トウシャ)は台湾語で有難うという意味、標準語では謝謝です。
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                  広告主は「New makopapa & CFC Group一同」となっております。若者の街にこの広告が揚げられている事に意義があるのかな。私から広告主さんに多謝です。

                  2011、5月に台湾駐日経済文化代表処が日本で実施した台湾に関する意識調査報告です。調査はニールセン・カンパニー・ジャパンが実施しております。
                  「質問」台湾を信頼しておりますか?
                  「回答」多少は信頼している 64.0%
                      非常に信頼している 20.2%
                  合計すると84.2%の日本人が台湾に信頼を寄せているという結果がでております。
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