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昨日は食事会のハシゴだ。昼は「三井」という日本料理店で大阪時代の知人との会食だった。事前情報で高い店だと言う知識はあったのだが、なるほど料金は高かった。しかし、味付け・皿数などから考えると決して高くは無いのだが年金生活者が和食を食べたくなった時、気軽に行ける店ではない。

お一方は人生の半分を日本で暮らされ、去年、台北に戻られた方です。その方曰く「去年1年、台北で暮らしたのだが、夏がとてもつらかった。今年は春から秋までは、日本で暮らす」。南国台湾の夏を知っているつもりだったが、多少不安がよぎった。

もう1人の方は当年84歳の江戸子風のりゅうちょな日本語を喋るかくしゃくたる媽媽だ。その方が「貴方達が現在、住んでいる内湖に私も住んでいました。戦時中の疎開で・・・・・・・・・・」。私も年金暮らしと言えども、取り合えず戦後子なので、台湾で疎開と言う言葉を聞いた時なぜか、不思議な気がした。

食後のコーヒーは紀伊国屋書店(最寄り駅はMRT忠考復興)に行った。ここでは、半分が日本語ブース、あと半分が中国語ブース、そしてUCCの喫茶店を併設していた。日本語の本を入手できるのかなと思っていたので大変ありがたい情報だった。他国で暮らす人間に必要なものをそれとなく教える心配りだと思った。

媽媽は毎日、散歩をかね、ここで本を読みながらコーヒを飲むそうだ。勿論、日本語の本である。この日も小説を2~3冊購入されていたが、読み終えた本は淡水の大学に寄贈するらしい。私も愛読している月刊誌の文芸春秋を探したがあいにく売り切れだった。部数が少ないので、発売後数日でなくなるとの事、1月号が10日後にでるそうなので、忘れず買いにこよう。

12月号は媽媽が「私も毎月読んでいるので終わったら回してあげる、今85%ぐらい読み終えたから・・・・・・」
といっていらしたので、お言葉に甘える事にした。考えてみれば、当年84歳と言う事は、23歳までは日本人だったわけで現在も台湾で日本人の生活をしていても何の不思議もないのだ。大先輩だ。

「昔の人は日本語を喋れる人が多い」ぐらいの認識だった自分が恥ずかしい。いつの日か台湾籍になってしまった日本人がいると言う事だ。そして日本語で考え行動したほうが楽なのだろう。ある台湾の世論調査がネットに出ていた。嫌いな国(1位韓国38% 2位大陸人28% 3位日本9%)

夕方5時からはホテルのconcierge世界組織・golden-keyclubの会食にモンチャンと同行した。場所は天母の澎園温泉農荘だった。カラオケでさぶちゃんの(北の漁場)をぶちあげた。久しぶりのカラオケだった。  (2009.12.22)
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