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国立台湾博物館は行政機関が集まる地区、228和平公園内にある。そしてこの公園には、あと一つ戦後のある事件を引き金に当時の国民党政府が台湾知識人におこなった白色テロ犠牲者を慰霊する「台湾放送局台北(現・228記念館)」がある。

国立台湾博物館の威容を目の当たりにする時、台湾領有後の国家財政の厳しい時期に、よくこれだけのものが造れたものだと感心する。
【建物】1915年(大正4年)。国定古跡。
【設計】野村一郎
【場所】MRT台大医院駅
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1903年(明治36)新渡戸稲造の紹介で台湾に渡った川上瀧弥は台湾各地や彭佳嶼蘭嶼、澎湖諸島などの離島を周り、数多くの優れた研究を残し、それによって、それまで西洋植物学界にとって未知の世界だった台湾へのベールを取り除いた。川上の名前が付いている植物は40数種類に達する。

川上瀧弥の名は1897年(明治30)に阿寒湖の尻駒別湾で発見した緑藻に「マリモ」の名をつけた人物としてのほうが有名かもしれない。

1913年4/1着工した「児玉総督・後藤民政長官記念館」は1915年(大正4年)3/25竣工した。そして同年の5月、当記念営造物建設会会長は、この記念館を総督府に渡し名称が「台湾総督府博物館」と改められた。ちなみに「台湾総督府博物館」(台湾総督府民政部殖産局付属博物館)は縦貫線鉄道開通の記念事業として1908年(明治41)に創立されている。

川上瀧弥はこの1915年の5月から始まった新館への引っ越しに際し、病状をおし博物館内にベッドを置き、引っ越しの準備をしていたということだ。1915年8/20「台湾総督府博物館」の新館での開館が無事行わた翌日、享年44歳の若さで人生の幕をおろした。
この余りにも壮絶な死に対し総督府は殉職として台北植物園内の建功神社に追祀している。
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