上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
台中公園「湖心亭」
基隆~高雄(打狗)間408.5kが全通し、半年後の1908年(明治41年)10/24縦貫線全線開通式典が台中公園で開催された。貴賓、来賓、1360余名が招かれ盛大な式典が催された。「湖心亭」は式典参列の要人の休息所として設けられたものです。和式とも洋式とも中華風とも、思えぬなんとも不思議な姿の建物だ。
【建物】1908年(明治41年)竣工。市定古跡。
【設計】福田東吾
【場所】台中市公園路37号-1。
IMGP6942.JPG

【台中駅】
【建物】1917年(大正6年)竣工。二級古跡。
【設計】
【場所】台中市建国路1段172号。
IMGP6924.JPG

台中駅開業は1905年(明治38年)ですが、写真のメイン駅舎は1917年3/21完成している。旧台北駅舎が無くなった今は、日本時代の駅舎建築を代表するものです。古跡認定を受けている駅舎建築は他に「新竹駅舎」「嘉義駅舎」「勝興駅舎」「泰安駅舎」が有る。

【台中後駅】
旧・台湾糖業鉄道の台中駅。昭和を思い出す、いい雰囲気の駅舎だ。
IMGP7058.JPG
【建物】1921年(大正10年)竣工。市定古跡。
【場所】MRT中山駅徒歩8分。中山区長安西路15号。
第一次大戦後の戦後恐慌の中、失業者に職業斡旋や技術訓練を施す為、台北職業紹介所を建設した。
戦後台北市衛生局となり現在は台北市身心障礙福利会館として、障礙者の学習と交流の場となっている。
IMGP7616.JPG

長安西路に面し、長安西路と中山北路の交差点から西へ20m。当代芸術館の隣。

にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
にほんブログ村
行政機関が集中している、中正区の旧・総督府」裏に「総統副総統文物館」が開館された。と言っても新築の建物ではなく、日本時代の1924年(大正13)に建てられた(旧)総督府交通局のリニュアルオープンだ。

総督府営繕課 森山松乃助の設計によるバロック建築で、内部は西洋の古典様式を取り入れた日本の香りが充満する空間になっている。

変遷の多い建物で、日本時代は「総督府交通局」、戦後「行政院交通部」、その後2007年「国史館」、更に3年半の歳月をかけ内部の大修復を行い本年2010年10月10日の国慶日に「総統副総統文物館」として開館された。現在の館内には総統・副総統が外交の席で諸外国より送られた土産物などが展示されている。
【建物】1924年(大正13年)。市定古跡。
【設計】総督府営繕課 森山松乃助
【場所】MRT・西門駅(3番出口)から徒歩10分 (博愛路と長沙街一段の南西交差点)
IMGP4474.JPG
台北には多くの歴史建築物が残されており、古跡に指定されているものも多くある。その中でも筆頭は、南国の風を受け青天白日滿地紅旗を、たなびかせている中華民国総統府、かっての台湾総督府だろう。写真では伝わりませんが威風堂々とした威容に圧倒され旅行雑誌で得た知識が、もろくも崩れ去りました。私の実感では日本近代建築物の中でも筆頭にあげられる建築物のような感じが致します。

【建物】1919年(大正15年)竣工。国定古跡
【設計】長野宇平治 森山松之助
【場所】MRT新店線[台大病院]駅から徒歩6分 (台北市中正区重慶南路一段122号)
P6050049.jpg
[東門]から延びる[凱達格蘭大道]が突き当たる[重慶南路]に面する日本統治50年間で建築された最大の建築物だ。台北の日本人居住区である城内のほぼ中央に位置し、高さ60mの中央塔(台湾初のエレベーターが設置されている)からは、当時の台北全体を見渡せたそうだ。
P6050061.jpg
建物は日本の方向、東向きに建っており、上から見ると、日本の日を型取っています。そして四隅の出っ張り部分は喫煙室だったそうです。
台湾総督府.jpg
《PS》
現在、1F部分は一般公開されており、ボランティアの白髪の、お爺さんが「戦後の日本人の生き方」「自分達の生きた戦前の日本」、日本への思いを込め一生懸命に、歴史を語ってくれます。白髪のお爺さんは元日本陸軍特別志願兵「蕭錦文」さん84歳です。私達戦後の日本人が捨去った日本人の心を持った素晴しい日本人(台湾人)です。

... 続きを読む
国立台湾博物館は行政機関が集まる地区、228和平公園内にある。そしてこの公園には、あと一つ戦後のある事件を引き金に当時の国民党政府が台湾知識人におこなった白色テロ犠牲者を慰霊する「台湾放送局台北(現・228記念館)」がある。

国立台湾博物館の威容を目の当たりにする時、台湾領有後の国家財政の厳しい時期に、よくこれだけのものが造れたものだと感心する。
【建物】1915年(大正4年)。国定古跡。
【設計】野村一郎
【場所】MRT台大医院駅
IMGP4372.jpg
1903年(明治36)新渡戸稲造の紹介で台湾に渡った川上瀧弥は台湾各地や彭佳嶼蘭嶼、澎湖諸島などの離島を周り、数多くの優れた研究を残し、それによって、それまで西洋植物学界にとって未知の世界だった台湾へのベールを取り除いた。川上の名前が付いている植物は40数種類に達する。

川上瀧弥の名は1897年(明治30)に阿寒湖の尻駒別湾で発見した緑藻に「マリモ」の名をつけた人物としてのほうが有名かもしれない。

1913年4/1着工した「児玉総督・後藤民政長官記念館」は1915年(大正4年)3/25竣工した。そして同年の5月、当記念営造物建設会会長は、この記念館を総督府に渡し名称が「台湾総督府博物館」と改められた。ちなみに「台湾総督府博物館」(台湾総督府民政部殖産局付属博物館)は縦貫線鉄道開通の記念事業として1908年(明治41)に創立されている。

川上瀧弥はこの1915年の5月から始まった新館への引っ越しに際し、病状をおし博物館内にベッドを置き、引っ越しの準備をしていたということだ。1915年8/20「台湾総督府博物館」の新館での開館が無事行わた翌日、享年44歳の若さで人生の幕をおろした。
この余りにも壮絶な死に対し総督府は殉職として台北植物園内の建功神社に追祀している。
2011.04.19 林百貨店
昔の台南の一等地に立つ林百貨店、対面には勧業銀行が立つ。
【林百貨店】
【建物】1932年(昭和7年)竣工。市定古跡。
【場所】台南市忠義路2段63号。
修復作業中(2010.12月現在)
IMGP7344.jpg





    にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
    にほんブログ村
    台南警察署の前に有る建物だけをみれば何故古跡認定の対象なんだろうと思うくらいなんの変哲もない建物だ。しかしこの嘉南農田水利会を舞台に壮絶なそして人間愛に満ちたドラマが展開されました。「八田与一」という明治男の人生わかけた一大ロマンスです。
    【嘉南大圳組合事務所】(現)嘉南農田水利会
    【建物】1940年(昭和15年)竣工。市定古跡。
    【場所】台南市友愛街25号。
    IMGP7314_convert_20110419170659.jpg





      にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
      にほんブログ村
      消防局と警察局が使用していた合同庁舎。現在も台南市消防局第一大隊中正分隊、台南市警察局少年警察隊、台南市警察局婦幼警察隊の看板が掛けられている。
      【建物】1938年(昭和13年)竣工。市定古跡。
      【場所】台南市中正路2-1号。
      IMGP7331.jpg
      中央塔の部分には日本時代から引き続がれた119の数字がしっかり書かれている。警察の110もも引き継がれている。

      にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
      にほんブログ村
      台湾の名門大学、国立成功大学を訪れる。名前は台湾の民族的英雄「鄭成功」にちなんだ。1931年(昭和6年)に開校した台南高等工業学校が前身だ。
      キャンパス内には台湾歩兵第二連隊司令部の3棟の建物が保存され、現在も校舎として使われている。

      第二連隊の司令部として使用されていた「大成館」。
      IMGP7386.jpg

      本部長官と幕僚の事務室として使用されていた「歴史学系」校舎。
      IMGP7373.jpg

      「文学館」
      IMGP7381.jpg

      「小西門」台南府城の8つの城門の一つが移設されて保存されている。
      IMGP7380.jpg





        にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
        にほんブログ村

        訪れたのは暑い時期でしたが建物の中からは「えい」「やー」の元気な掛け声、剣道か柔道の練習をしていたのだろう。
        【台南武徳殿】(現)忠義国小礼堂
        【建物】1936年(昭和11年)竣工。市定古跡。
        【設計】
        【場所】台南市忠義路2段2号。
        IMGP7321.jpg

        「台南神社社務所」忠義国小の敷地内にあるもう一つの古跡。
        IMGP7293.jpg

        にほんブログ村 海外生活ブログ 台湾情報へ
        にほんブログ村
        上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。